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野口英世の墓

猪苗代に生まれ、アメリカのウッドローン墓地に葬られるまでの51年という歳月を駆け抜けるように生きた野口英世。

 

彼は生前たくさんの研究にうちこみ、日本の誇るべき医学者としてその名を伝記や小説で偉人として讃えられ、現在では千円札にまで描かれるほどの栄誉を与えられていることは皆さんご存知ですね。

 

そんな有名人に会いたいものですが、残念ながらもうこの世ではお会いすることができません。

 

ならどこに行けば彼にあえるでしょう。

 

あの世なんて冗談はやめておきましょう。

 

野口英世のお墓

 

彼はアフリカのアクラで黄熱病の研究中に亡くなりました。

 

遺体はアメリカへ運ばれニューヨーク市のブロンクス区にあるウッドローン墓地に埋葬されます。

 

ここはニューヨークから地下鉄でマンハッタンのアッパーイーストを抜けブロンクスへと向かいます。

 

30?40分でウッドローン駅に到着するというので、初めての人でも割と楽にたどり着けるそうです。

 

しかしアメリカですから細心の注意は必要ですね。特に夜の外出はお勧めできませんね。

 

このあたりは昼間なら安全だそうです。

 

ウッドローン駅の目の前にその墓地はあります。

 

だから初心者でも迷わなくていいでしょう。

 

その墓地の一画に野口英世と愛する妻メリーが眠るお墓があります。

 

お墓には英語で

 

[1876年11月24日日本の猪苗代生まれ
1928年5月21日アフリカのゴールドコーストで亡くなる
ロックフェラー医学研究所の研究員

 

科学への貢献を通して人類のために生き、亡くなった]
と記されています。

 

 

これを見るといかに野口英世という人がこの時代の人たちに愛され尊敬されていたかよくわかりますね。

 

とても借金王だなんて、遊び人だなんて思う人いないですよね。

 

今でも時折野口英世のお墓のを見ようとする観光客や、お参りに来る英世ファンがけっこういるそうです。
確かに彼の生き様は、学ぶことの多いような気がします。

 

必死に研究に打ち込んだかと思うと、医学書を懐に遊びに出かける。それも半端じゃなく真剣に遊ぶ。

 

何にでも真剣に取り組んでいたんだなあと感心します。それが野口英世なんですね。でも借金はちょっと困りますね。

 

余談ですが、この墓地には多くの著名人が葬られているそうですが、日本人としては野口英世の他に、アドレナリンやタカジアスターゼの研究に成功した科学者の高峰譲吉や、生糸の貿易で実業家として成功した新井領一郎なども眠っています。

 

たくさんの銅像

 

野口英世にはあちこちでたくさんの銅像として会うことができます。

 

まずアメリカのロックフェラー大学の正面に2つの像があります。

 

1つはロックフェラー一世で、もうひとは野口英世の像です。

 

ここでも野口英世がいかにこの研究所で重要視されてきたかがよくわかりますね。

 

ロックフェラーの創設者と並んで銅像が置かれているなんて、かなり彼のことを敬愛していたに違いないですね。

 

ここでたくさんの研究をし、論文を発表している彼が目に浮かぶようです。

 

また日本でも野口英世の像はたくさんあります。

 

東京の上野には試験管を持つ英世の姿を描いた銅像があります。

 

もちろん野口英世の故郷である猪苗代の野口英世記念館の玄関でも彼の像が出迎えてくれますし、猪苗代駅には英世と両親のレリーフもあります。

 

また青春広場にも入り口には彼のレリーフがあります。

 

その他にも猪苗代の病院や学校はもちろん、英世にゆかりの学校や施設などたくさんの場所で彼を見ることができます。

 

正直こんなにたくさん彼の銅像があるなんて知らなかったし、思ってもいませんでした。

 

やはり偉人と呼ばれるだけありますね。あまり遊び人だ、飲んだくれだと言ってはいけない気がしてきます。

 

最後になりますが、私は野口英世のお墓の形がどうもおにぎり型のようで変わってるなあと気になってしまいます。

 

どうしてあんな形なんだろう。ほんとに日本人だからおにぎりをイメージしているのでしょうか。

 

まあそれはそれで、>偉人野口英世ではなく、ちょっと遊び人で人なっこい彼らしくて私は素敵だと思います。

 

 

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